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千葉地方裁判所館山支部 事件番号不詳 判決

主文

一、被告宇山きぬ子は、原告に対し、別紙物件目録記載の第一の土地及び第三の建物について、所有権移転登記手続をせよ。

二、被告等両名は、原告に対し、別紙物件目録記載の第二の土地及び第三の建物を明渡せ。

三、被告宇山きぬ子は、原告に対し、金七、三三二円及び昭和三六年一月一日から第二項の土地及び建物の明渡し済まで一ケ月金一五五円の割合による金員を支払え。

四、参加人の原告及び被告宇山きぬ子に対する請求を棄却する。

五、訴訟費用中、本訴の分は被告等両名の負担とし、参加訴訟の分は参加人の負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

一、原告代理人は、本訴について、「主文第一、二、三項と同旨並びに訴訟費用は被告等の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、

参加人の請求について、「参加人の請求を棄却する。参加費用は参加人の負担とする」との判決を求めた。

二、被告宇山きぬ子は、本訴について「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、

参加人の請求については何等の裁判を求めない。

三、被告宇山信治は本訴について何等の裁判をも求めない。

四、当事者参加人は、原告並びに被告宇山きぬ子に対する「別紙物件目録記載の第一の土地及び第三の建物は参加人の所有であることを確認する。参加費用は原告及び被告宇山きぬ子の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

(原告の請求の原因)

原告訴訟代理人は請求原因として次のとおり述べた。

一、原告の亡夫訴外武田武夫が、被告宇山きぬ子の母訴外まつより昭和二四年頃別紙物件目録記載の第一の土地(以下第一土地という)の西側の部分三〇坪を賃借し、そこに家屋を建てて夫婦で居住していたが、その後訴外武夫、同まつ共に死亡したので、原告及び被告きぬ子が夫々相続し、右土地の賃貸借関係は原告と被告との間に継続して来た。昭和三〇年末頃、被告きぬ子は原告に対し、今度被告信治と結婚することになり被告信治の家に移転するので、第一土地及び別紙物件目録記載の第三の建物(以下本件建物という)が不用になるし、コロツケ屋を経営するため資金も必要であるから、第一土地及び本件建物を買つて貰いたいと申込んだ。そこで原告は被告きぬ子より、昭和三〇年一二月頃第一土地の西側の部分約三〇坪を代金四五、〇〇〇円にて買受け、同一二月二一日金三五、〇〇〇円、同三一年三月一一日金一〇、〇〇〇円を支払い、次いで、同三一年六月一一日第一土地の東側の部分四〇坪即ち別紙物件目録記載の第二の土地(以下第二土地という)及び本件建物を金一〇〇、〇〇〇円で買受け、同日金六〇、〇〇〇円を支払い(同年四月一七日金二、五〇〇円の内払があるので)残代金は金三七、五〇〇円となつた。そしてこれら二回の売買契約を一つの売買契約書にし、残代金は昭和三一年六月一一日から一ケ年以内に支払うこと、第一土地及び本件建物の所有権移転登記手続を同日から一ケ月以内にすることの約定で、即日その所有権を取得した。その後原告は昭和三二年三月二〇日金一一、三〇〇円を支払つたので、残金は金二六、二〇〇円となつた。

二、前記第一土地及び本件建物の売買契約書を作成した昭和三一年六月一一日当時は、被告きぬ子同信治は信治の実家滝口家に居住しており、本件建物には被告きぬ子の親戚の訴外淵辺せきが居住しておつたが、一時臨時に居るのだから直ぐに明けるとの事であつた。ところが、同三一年末に被告きぬ子は被告信治の母親と折合が悪く本件建物に入り込み、それ以来被告信治も共に本件建物に居住している。

三、原告は、被告きぬ子に対し、残金二六、二〇〇円を再三支払うからと申出弁済の提供をしたが、被告きぬ子はその受領を拒み、待つて呉れの一点張りで、第二土地及び本件建物の明渡をしない。被告両名の右土地建物の占有は不法占有であるから、原告は所有権に基づいてその明渡を求める。又被告きぬ子は第一土地及び本件建物の所有権移転登記手続もしないので、その手続を求める。

四、又被告宇山きぬ子に対しては、昭和三二年一月一日より右土地建物の明渡済まで家賃相当の損害金の支払を求める。その家賃相当の損害金は昭和三二年一月一日より同三五年一二月三一日までは合計金七、三三二円(昭和三二年は一ケ月金一五二円、同三三年三四年三五年は一ケ月金一五三円の割合である)であり、同三六年一月一日以降は一ケ月金一五五円の割合である。

(被告宇山きぬ子の主張)

被告宇山きぬ子は答弁並びに抗弁として次のとおり述べた。

一、原告主張の請求原因中、金三〇、〇〇〇円及び金六〇、〇〇〇円を受取つたことは認めるが、その余の事実は全部争う。

二、第一土地(実測は七〇坪余)は被告きぬ子の先代が、大正末か昭和初め頃、訴外佐野せんに売渡したのであるが、被告きぬ子の分家に当る参加人宇山広吉が昭和一〇年頃右訴外佐野より買戻し、本件建物も参加人が建築して、被告きぬ子先代等に無償で使用させていたものである。その後被告きぬ子の父由松は昭和二一年に死亡し、被告きぬ子は母と暮しているうち、同二五年頃、参加人は、第一土地の西側の部分約二五坪を原告に賃貸した。当時被告きぬ子母子は生活に困つていたので、賃料は母子に与え、直接原告より受取るようにしておいた。

三、被告きぬ子の母まつは昭和二六年六月死亡し、その後参加人の叔母淵辺せきを本件建物に同居させて幼少の被告きぬ子を養育させた。被告きぬ子は成人して被告信治と知り合い結婚することになつたが、親戚が皆これに反対するので、昭和三〇年一一月頃内密に被告信治の実家へ行つたが、被告信治の実家でも心よく思わないので、翌三一年春頃再び本件建物に帰つて来た。

四、これより以前、原告は被告きぬ子に対し、「金が入用ならばいくらでも、貸すから使え」「本件土地は参加人のものだと云うのは嘘だ。亡宇山徳兵衛の名義になつているから貴女のものだ」と云うので、被告きぬ子は原告に対し「金を借りても返す当てがないから、この土地が自分のものなら西側の部分三〇坪を売つてもよい。坪当り三、〇〇〇円位の価値があるから、三〇坪を金九〇、〇〇〇円で買つて呉れ」と云うと、原告は「将来貴女が困つた時はどんな面倒でもみるから半額で売つて呉れと云うので、第一土地の西側の部分三〇坪を金四五、〇〇〇円で売る約束をし、昭和三〇年一二月下旬頃金三〇、〇〇〇円を借用した。

五、被告きぬ子は、翌三一年二月下旬頃、原告の前記の言葉に従つて、きぬ子名義に保存登記の手続をしてみると登記が出来た。その後、被告きぬ子は被告信治の実家に帰つてコロツケ屋をはじめようと考えて、原告に対し「第一土地の残部四〇坪程(第二土地)を坪当り五、〇〇〇円で買つて呉れ」と申込むと、原告は前と同様「何時でも此処へ帰つて来い。どんな面倒でもみるから、半額で売つて呉れ」と云い、「土地建物共で金一〇〇、〇〇〇円で売つて呉れ。家はこのままにしておいて何時でも住まわせる」と云うので、被告きぬ子は昭和三一年六月一一日原告が作成して持つて来た土地建物売渡証に認印を押して、内金六〇、〇〇〇円を受取つた。

六、被告きぬ子が原告から受取つた金では家を建ててコロツケ屋を開くこともできず、その金は生活費に消費した。昭和三一年一二月下旬頃、原告から被告に対し、「残金を払うから土地建物を明渡して登記して呉れ」と要求して来たが、被告きぬ子は前記土地建物売買契約を結ぶについて親類にも相談してなかつたので、「一寸待つて呉れ、考えるから」と断つておいたところ、原告より本件訴訟を提起され、はじめて原告の甘言に乗ぜられ、又欺かれたことを知つたので、原告に抗議すると共に親類に相談したところ、前記第二項の事実が判明したものである。

七、被告きぬ子は、原告より、第一土地、本件建物が被告きぬ子の所有であると云われなかつたり、又参加人の所有であることを明らかに知りながら、且原告が「被告きぬ子の困る時は何時でも金を使え、又ここへ帰つて来い。何時でも面倒をみてやる」などと甘言を弄しさえしなかつたならば、時価の四分の一位の安価で売買契約をしなかつたものである。それ故本件土地建物売買契約を錯誤により無効である。又原告の詐欺に因る契約であるから、被告きぬ子は原告に対し取消の通知をした。そして被告きぬ子が原告より受取つた金や借金等合計金一一八、八〇〇円に年五分の割合による四ヶ年間の利息金二三、七六〇円を加えて総計金一四二、五六〇円の返還を申出たが、原告がこの受領を拒んだので、昭和三五年九月二二日供託した。尚第一土地及び本件建物について、同年九月二四日参加人に所有権移転登記手続をした。

八、以上の次第で、原告請求は失当である。

(被告宇山信治)

被告宇山信治は適法なる呼出を受けながら、口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書、準備書面等も提出しない。

(参加人の請求原因)

参加人訴訟代理人はその請求原因として次のとおり述べた。

一、第一土地は元訴外亡宇山辰次の所有であつたが、辰次が漁に出て行方不明になり、事実上の相続人訴外高木まつが支配していた。昭和四年一一月一八日右まつは選定家督相続人として右宇山家を相続して宇山まつとなり、次いで大正一三、四年頃から内縁関係にあつた訴外押本由松と昭和五年三月二八日入夫婚姻し、由松が家督を相続した。第一土地は右家督相続の順により所有権を取得したものである。尚この由松とまつが被告きぬ子の両親である。

二、由松夫婦は住家が朽廃したので白浜部落下沢の公会堂の一部を借りて留守番代りに住居していたが、大正末か昭和初め頃、第一土地を訴外佐野せんに売渡した。但し所有権移転登記はしなかつた。訴外佐野はこの第一土地に二坪位の家を建てて住んでいたが、参加人(右宇山家の分家に当る)が昭和一〇年頃帰郷してこの事実を知り、本家が先祖代々の土地を他人に売つたことを不満に思い、右訴外佐野に交渉して五円五〇銭で第一土地を右家屋と共に買戻した。(登記面は従来通り宇山徳兵衛名義)。その後由松夫婦は公会堂の明渡を請求されたので、前記佐野より買受けた家屋二坪位に建増をして現在の四坪余の建物(本件建物)にして、由松夫婦を昭和一五年五月頃から住まわせた。同二一年に由松が、同二六年にまつが死亡したので、その後は叔母の訴外淵辺せきを同居させて、被告きぬ子を養育させた。

三、第一土地は実測七〇坪あるが、その西側の部分三〇坪が空いていたので、昭和二五年頃参加人は原告の夫より賃借の申込みを受けたが、短期間ならばと云つて、期間二、三年、バラツク建物所有の目的に限定して賃貸したが、当時訴外まつが幼少の被告きぬ子を抱えていたので、地代はまつに受取らせておいた。

四、原告は第一土地が参加人の所有であることを知りながら、第一土地が参加人名義に登記されていないことを利用し、且つ無知な被告きぬ子が生活に困つていたのを奇貨として、はじめは品物を貸していたがその額がかさんで来ると、遂に安く第一土地を売らせるように仕向け、参加人に秘して、被告きぬ子と、時価の四分の一位の価額で、昭和三一年六月頃一売買契約を結んだのである。これらのことは、原告より被告きぬ子に対し本件訴訟が提起されてはじめて、参加人が知つたのである。五、以上のとおり、原告、被告きぬ子間の訴訟の目的である第一土地及び本件建物は参加人の所有であるから、原告及び被告きぬ子に対し参加人の所有権の確認を求めるものである。

(原告の参加人に対する主張)

原告代理人は参加人の請求原因について次のとおり述べた。

一、参加人の請求原因中、第一、二項は不知、第三項は否認、但し、地代をまつに直接支払つていたことはあるが、参加人に関係ないことである。第四項は否認、第五項は争う。

二、参加人は、原被告間の本件訴訟が提起されてからはじめて、第一土地及び本件建物は参加人の所有であると主張しはじめたものであり、それまでは一度もかかる主張をしたこともないし、何人もそんな話をきいた事はない。原告宇山きぬ子被告武田シゲ間の館山簡易裁判所昭和三〇年(ハ)第四〇号建物収去土地明渡請求事件には、参加人は宇山きぬ子について裁判所に来ていたが、その際でさえ自己の所有権を主張したことはない。

三、原告は、昭和二四年はじめ、被告きぬ子の母親から第一土地の西側の部分三〇坪を賃借したが、参加人はこの賃貸借契約の立会人に過ぎない。

(証拠)(省略)

理由

第一、参加人の原告及び被告きぬ子に対する請求について、

一、参加人は、第一土地及び本件建物(一部は買受後参加人が建増したもの)は、昭和一〇年頃参加人が佐野せんより代金五円五〇銭にて買受けたもので、その所有権は被告にあるものである。従つて被告きぬ子が原告に売買しても、無権利者の売買であるから原告はその所有権を取得するに由ない、と主張するし、原告はこれを否認するのであるが、参加人援用の全証拠即ち証人木曽みの、同岡島徳蔵の各証言及び参加人宇山広吉の本人尋問の結果(下記措信できない部分を除く)を綜合しても、第一土地及び本件建物が参加人の所有であることを認定するに足りない。参加人の本人尋問の供述中この認定に反する部分即ち参加人が佐野せんから買戻したので参加人の所有であるとの供述は成立に争いない甲第一六号証ないし第二一号証、証人藤田千代、同岡島徳蔵、同三島おて、同木曽みのの各証言に徴して措信できない。又証人木曽みのの証言中に本件建物の建増以前の二坪位の部分は訴外佐野せんの所有であつたことを思わせるような部分があるが、これのみでは参加人の所有権を認定するに足りない。

二、反対に、甲第一六号証ないし第二〇号証、証人藤田千代、同三島おて、同木曽みのの各証言、原告武田シゲの本人尋問の結果を綜合すると、本件訴訟が提起されるまでは第一土地及び本件建物が参加人の所有であると云うことを聞いた者もなく、参加人もそのような主張をしたこともなく、皆従来「徳兵衛」(被告きぬ子の家の家号)のもの即ち被告きぬ子の家に何代か相続されて来て被告きぬ子の所有になつているものと考えていたものであることが認められ、甲第二一号証によれば、甲第五号証同第一二号証等の原告宇山きぬ子被告武田シゲ間の館山簡易裁判所昭和三〇年(ハ)第四〇号建物収去土地明渡請求訴訟及びその移行した同裁判所昭和三〇年(ノ)第三五号調停事件も皆参加人が事実上手続を進めたものであるが、これらの際でさえ参加人は第一土地の所有権を主張したことはなかつたことが認められる。

三、以上の事実を綜合すると、原告が被告きぬ子より第一土地の西側の部分を買受けたと主張する昭和三〇年一一月頃直前における第一土地及び本件建物の所有権は、参加人になく、被告きぬ子にあつたものと認められる。そして他にこの認定を左右する証拠はない。

四、参加人より原告及び被告宇山きぬ子に対する参加訴訟(昭和三五年(ワ)第二五号)について、被告宇山きぬ子訴訟代理人弁護士木戸喜代一名義の昭和三五年九月三〇日付答弁書が提出されており、記録上は第二回口頭弁論期日に右答弁書が陳述されたと記載されているが、右参加訴訟については被告宇山きぬ子の委任状の提出なく、その後追完もされていない。従つて右答弁書並びにその陳述は無効のものと判断する。そうすると被告宇山きぬ子は参加訴訟については適法の呼出期日に出頭もしないし答弁書、準備書面を提出しないことになる。しかし民事訴訟法第七一条第六二条第一項により原告の参加人に対する訴訟行為は被告きぬ子の利益において効力を生ずるのであり、前記のとおり第一土地及び本件建物は参加人の所有でなく、被告きぬ子の所有であると認められるのであるから、参加人の原告並びに被告きぬ子に対する所有権確認請求は理由がない。

第二、原告の請求について

一、被告宇山信治は、適法なる口頭弁論期日の呼出を受けながら口頭弁論期日に出頭しないし、又答弁書、準備書面等も提出しないので、民事訴訟法第一四〇条第一項第三項により原告の請求原因を自白したものと看做す。

よつて被告信治は、原告に対し、第二土地及び本件建物を明渡す義務があることになるから、原告の被告信治に対する、第二土地及び本件建物の明渡請求は理由があるから認容する。

二、以下原告の被告きぬ子に対する請求について判断する。成立に争いのない甲第二三号証土地登記簿謄本によれば、第一土地について、昭和三一年二月二七日被告宇山きぬ子のために所有権保存登記がなされ、同三五年五月一〇日千葉地方裁判所館山支部の仮処分決定により処分禁止の仮処分の登記がなされ、同三五年九月二四日参加人宇山広吉の売買による所有権取得登認がなされていることが認められ、又成立に争いのない甲第一一号証建物登記簿謄本によれば、本件建物は従来未登記であつたが、昭和三五年五月一〇日千葉地方裁判所館山支部の仮処分決定により職権で被告宇山きぬ子のために保存登記をなした上で、処分禁止の仮処分の登記がなされ、同三五年九月二四日参加人宇山広吉のため売買による所有権取得登記がなされていることが認められる。

三、昭和二四年頃、原告の亡夫である訴外武田武夫が第一土地の西側の部分三〇坪を賃借し(賃貸人については争いがある)そこに家屋を建てて夫婦で居住していたが、間もなく右武夫が死亡したので、引続き原告が賃借して来ており、それらの賃料は被告きぬ子の母まつ又は被告きぬ子が受取つていたこと、その後被告きぬ子が成人し、被告信治と知り合い、結婚することになり、結婚すれば被告信治の実家(白浜町滝口部落)に行きコロツケ屋をはじめたい意向もあつたので、先ず右原告に賃貸している部分(第一土地の西側の部分)三〇坪を買つて貰いたいと原告に申込み、昭和三〇年一二月頃代金四五、〇〇〇円で売買契約をし、次いで翌年又原告に対し第一土地の残りの部分(第二土地)四〇坪とその上の本件建物とを買取つて呉れと申込み、同年六月一一日右第二土地四〇坪と本件建物とを代金一〇〇、〇〇〇円にて売買契約をしたことは当事者間に争いがない。

四、原告本人尋問の結果及び成立に争いのない甲第一七号証により成立の認められる甲第六号証土地建物売渡書(印影は被告きぬ子も成立を認める)原告本人尋問の結果又は当事者間に成立に争いのないためとその成立の認められる甲第八号の一、三、五、六並びに原告本人尋問の結果を綜合すれば、前記二回の第一土地及び本件建物の売買契約は、第二回目の売買契約の日即ち昭和三一年六月一一日に一つの売買契約書(甲第六号証)にまとめられたことが認められ、その内容は、売買代金は合計一四五、〇〇〇円であつて、その内一〇五、〇〇〇円は支払済であるから残金四〇、〇〇〇円は昭和三一年六月一一日より向一ケ年間の内に支払うこと、所有権移転登記手続は同日より一ケ月以内にすること、の約定の外その他何等の条件も附されていないことが認められる。そして前記のとおり、成立の認められる甲第八号証の一、三、四、五によれば、原告は被告きぬ子に対し、右契約書作成当日までに合計金一〇七、五〇〇円を支払つたことが認められ(原告本人尋問の結果甲第八号証の四の成立が認められるので、甲第六号証の内払金一〇五、〇〇〇円とあるは一〇七、五〇〇円の計算違いと考えられる)成立に争いのない甲第八号証の六、甲第九号証によれば、原告は次いで同三二年三月二〇日金一一、三〇〇円を支払い、同三五年九月八日金二六、二〇〇円を弁済供託したことが認められるので、原告の被告きぬ子に対する第一土地及び本件建物の売買代金は全部支払われたことが認められる。然るに、被告きぬ子は原告に対し、第一土地及び本件建物の所有権移転登記手続をしないし、又その土地の一部である第二土地及び本件建物の明渡をしていないのであるから、右登記手続及び明渡をすべき義務があるものと云わなければならない。

五、ところが、被告きぬ子は、第一土地及び本件建物の真の所有者は参加人であつて被告きぬ子ではないから、被告きぬ子がこれを原告に売買したとしても、無権利者の売買であるから原告は所有権を取得するに由ない、と主張するが、その立証をしない。参加人も同様の主張をするが、前記第一において判断したとおり参加人の第一土地及び本件建物の所有権は認められなかつた。よつて、この点についての被告きぬ子の主張は理由がない。

六、又被告きぬ子は、前記第一土地及び本件建物の売買契約は、原告の甘言により、参加人の所有であつて被告きぬ子の所有でないものを、被告きぬ子の所有であるかの如き錯誤に陥らされたため締結したものであるから、無効である。又仮に無効でないとしても、原告の甘言により右のような被告きぬ子の所有であると思わせるような詐術により締結した売買契約であるから、被告きぬ子が原告に対し右契約の取消を通告したことにより取消されたものである、と主張する。そして成立に争いのない乙第一号証の一、二によれば、被告きぬ子より原告に対する右売買契約取消の内容証明郵便が昭和三五年九月二〇日原告に到着したことが認められる。被告きぬ子が原告に対し第一土地及び本件建物を売買した事情は前記のとおりであるが、前記第一において認定したとおり第一土地及び本件建物は参加人の所有でないことが認められるのであるし、その他に第一土地及び本件建物が参加人の所有であつて被告きぬ子の所有でないことの、被告きぬ子の立証はない。そうだとすると、前記第一土地及び本件建物の売買契約には何等の錯誤はないと云わなければならないし、その他、原告が「困るときは何時でも金を使え、又ここへ帰つて来い、面倒をみるから」等の甘言を用いたとしても、それは契約の動機となるに過ぎないもので、契約の要素とは云えないから契約の成立には影響はないものである。その他に被告きぬ子の錯誤の立証もない。従つて錯誤による売買契約無効の主張は理由がない。次に被告きぬ子の詐欺による売買契約取消の主張についてみるに、この売買契約の締結が詐欺によるものであることの何等の立証もしないのであるから、この取消の主張も理由がないと云わなければならない。以上のとおり、被告きぬ子の売買契約無効又は取消の主張が理由がないのであるから、被告きぬ子は原告に対し第一土地及び本件建物の所有権移転登記手続並びに第二土地及び本件建物の明渡をなすべき義務がある。

よつて原告の被告きぬ子に対する第一土地及び本件建物の所有権移転登記手続並びに第二土地及び本件建物の明渡の各請求は理由があるので認容する。

七、次に原告は、被告きぬ子に対し、本件建物について、昭和三二年一月一日より明渡済まで家賃相当の損害金を請求する。本件建物は建坪四坪五合の住家であり、戦争前の建築であることに争いないので、家賃は地代家賃統制令の制限を受けるものであるが、成立に争いのない甲第二八号証によれば、本件建物の固定資産評価額は昭和三二年以降変化なく毎年金二、三四六円であり、第一土地全体の固定資産評価額は昭和三二年度二〇、九五七円、同三三年度ないし三五年度は二一、七五三円、同三六年度以降は二二、四五九円であるから、第一土地の七分の四に当る(実測七〇坪の内四〇坪)第二土地を敷地とする本件建物の統制賃料を計算すると、昭和三二年は月額一五二円、同三三年ないし三五年は月額一五三円、同三六年以降は月額一五五円となるから、原告の請求である。昭和三二年一月一日から同三五年一二月三一日まで合計七、三三二円、同三六年一月一日以降明渡済みまで一ケ月一五五円の割合による家賃相当の損害金の請求は理由があるので認容する

第三、結論

以上のとおり、原告の請求は理由があるから認容し、参加人の請求は理由がないので棄却し、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用し、仮執行の宣言は付することが相当でないので付さないことにし、主文のとおり判決する。

(別紙目録は省略する。)

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